1年の鈴木です。
後期も始まり1週間、前期に1限の対面がなかったことと夏休みを挟んだことで後期の1限に出るのがきついです。生活リズムを整えるよう頑張ります。
1年生製作で失敗を重ね、締切が本来から2ヶ月伸びました。もう失敗せずに10月中に完成させたいです。失敗を活かしてマシン製作を頑張っていきたいです。
1年の鈴木です。
後期も始まり1週間、前期に1限の対面がなかったことと夏休みを挟んだことで後期の1限に出るのがきついです。生活リズムを整えるよう頑張ります。
1年生製作で失敗を重ね、締切が本来から2ヶ月伸びました。もう失敗せずに10月中に完成させたいです。失敗を活かしてマシン製作を頑張っていきたいです。
お久しぶりに1年の方の近藤です。
昨日はとある先輩が何十回もおいしいと言っていて気になっていたアイスをついに食べてみました。とてもおいしかったです。
たくさんあったはずの夏休みも気づけば瞬く間に終わってしまいましたね。まだ3日しか授業を受けてないのにかなり疲れました。全休が欲しい。全休ある人がうらやましいです。1限の必修1コマだけの日は憂鬱すぎる。
私は前期に微積が嫌いになりおまけに後期のほうが内容が難しいと聞いていたので警戒していたのですが、想定より理解できて安心しています。個人的に数学は成功体験が大事だと思うんですよね。好きになれそう。このまま油断せずに頑張りたいです。
1年の新海です。
先月大会を終えて、かっこいい先輩方の姿に感動し来年は少しでも近づけていたらいいなと思っています。そのためのお勉強…… がんばります。
話は変わって僕は高校時代軽音楽部に所属していたのですが夏休みに部活の友達と地元のスタジオでバンドをやってきました。久しぶりのバンドだったんですけど想像以上に楽しくてやっぱり僕は音楽が大好きなんだなーっと実感しました。もちろん一緒にやったメンバーが最高だったのもありますよ!これからも忙しい勉強やサークルの合間を縫ってギターの方も上手くなっていけたらいいなと思っています!
後期が始まりましたが、緩まず再出発できるよう頑張っていきます!
こんにちは笹目です
何がとは言いませんが、同期の男子の中で自分だけになってしまいました
3/3にならないよう気を引き締めていきます
テスト
物質科学コースの熊田です
ついこの前、弊チームのフレーム担当になりました。それに伴い、レギュレーションの確認やストラクチャーについての理解をしている最中なのですが、その中で他校のマシンと比較することが増えました。フレームに注目すると、鉄鋼ではなく、アルミニウムやCFRPを大部分に用いている学校も多くありました。それらの材料は鉄鋼よりも軽量なので、高い完成度で製作ができれば、千葉大学の得意分野である加速力の上昇や、更なる燃費向上が見込めそうで、今後の千葉大学を考えると、マシン性能の飛躍にはいつか取り入れないといけないと思うんです。
CFRPは予算や地理的な要因で現実的ではないと考え、アルミニウムの部分を増やすことを考えました。アルミは高価なので、少し増やすとなると、パッと思いついたのは、異種金属溶接でした。今まで鉄-鉄間だった部分を、荷重が比較的小さい部分ならアルミニウムに差し替え、鉄と溶接してしまえば良いと思いました。しかし、本で調べてみると異種金属溶接自体が融点や熱伝導率の違いが障壁となり難しく、特に鉄とアルミニウムはこれらの違いが非常に大きいため、最先端技術を駆使しないと不可能みたいです。異種金属溶接は名前の響きからしてかっこよくて、いつかやってみたいと思っていたのですが、やるのは研究室に入ってからにします。今はアルミを大量に入手することを考えようと思います。
燃え尽き症候群気味の伊藤です。大会直前、期間中は結構気持ち強めでやってたのでその反動が来てしまいました。おかげで普通に体調崩して寝込んでました。
大会振り返りとか正直いろいろ書きたいことはあるのですが、また改めてどっかのタイミングで書ければと思います(書かないやつ)。
今はあまり良い感情ではないですが、頑張っていきましょう。
榊原です。
一年半だけでしたが、楽しく貴重な経験をさせてもらい、また温かいメンバーと活動させてもらいありがとうございました。
辞める理由はモチベーションが不安定なことです。最低限機能するものを作れても、さらに早いマシン作りのための努力を注ぎ続けられるかというと自信がありませんでした。チームには感謝しかないからこそ、強い千葉大を目指すうえで今の自分はふさわしくないのではと思いました。
一年半の大学生活の中で楽しかったことは?と聞かれたらほとんどフォーミュラ絡みの思い出が出てきます。なのに結果として辞めることになりチーム運営に迷惑をかけてしまったことは本当に申し訳なく思っています。すみませんでした。
温かく受け入れてくれた先輩方、同級生、一年生には感謝しかありません。
これまでありがとうございました。
こんにちは戸張です。
自分はまだB2ですが、フォーミュラプロジェクトを辞めることにしました。OBヅラして引退日記的なものを書くのはいかがなものかとも思いましたが、個人的には頭の中をこねくり回して出した決断だったので勝手に書かせて頂きます。
私は入学前、大学に入ったら自動車部に入りたいなと思っていました。元々レーシングカーやF1には興味が無く、乗用車やスポーツカーが好きだったからです。しかし、大学に入り、ガクエフの存在を知り、CUFPがそこそこ好成績を残していることを知り、フォーミュラのほうがちゃんとしてるじゃん!と思い入部しました。そこからは、大学生活をフォーミュラに捧げるつもりでいました。フォーミュラをやるからには全ツッパしようと思ってました。FM関東もやりたいし、ドライバーもやりたいし、なんならチームリーダーも?、、。やれるもん全部やってやろうと思ってました。ただ、そう思っていた矢先、それを妨げるものが幾つか出てきました。大学が遠い、睡眠時間欲しい、運動したい、コスト嫌だ。自分は埼玉の実家から大学まで通っていて、ドアtoドアで片道2時間かかります。こうなると、ちょっとガレージ行くとか午前だけ作業とか急遽ガレージ行くとか出来なくなります。そしたら一人暮らしすればいいじゃ無いかと。そうすればいくつかの問題は解決すると思います。ただ、さらにそれを妨げたものがあります。自分の車です。一人暮らししながら車を維持しながらフォーミュラをやる事は金銭面から不可能でした。奨学金か何かで借金でもしない限り。元々は乗用車が好きな自分からして、自分の車を捨てることも不可能でした。睡眠時間が欲しいとか、コストが嫌だとか、そういうのは苦しみながら頑張った後に喜びが待ってる物だとは思います。でもそこを頑張れるほどの勝ちへの執着はありませんでした。
こんな状況だと、全ツッパしようにも出来ず、中途半端にフォーミュラをやることになってしまいます。このままだと結果的に自分のやりたかった事は一つもできずに時だけが過ぎてしまいます。二兎を追う者は一兎をも得ず。何かを削るしか無い。フォーミュラを削れば他の物は手に入る。そんなこんなで辞める決断をしました。
この文脈だとフォーミュラで何もやりたいことができなかったみたいに聞こえますが、そんな事はありません。排気担当になれたことはとても良かったです。自分は、自分の好きなものを音で判断する癖があるようなのですが、そこで音を支配する大きな要因である排気を担当できて楽しかったです。
何故か覚えているんですが、某S先輩に、「排気なんて空気出すだけだろ、空気出ればなんでもいいだろ」って言われた時は悲しかったですね。爆音の愛車に乗っているのは誰ですかと。その爆音は排気管のおかげですよと。
お話が逸れましたが、以上が辞める決断をした理由です。理由が全て自己中ですいません。ご迷惑をおかけします。こんな長文日記書いたのは初めてですね。読んでくれる人はいるのでしょうか。
短い間でしたが、ありがとうございました。
大会エンデュランスで後半を担当させていただいた、B4の大川です。大会から1週間が経ちました。帰校した翌日から内定者研修に追われ続けていたのも終わり、やっと一息つくことができたので、ここで今年度大会のエンデュランスを振り返っていきたいと思います。とてつもない長文になってしまったことを先にお詫び申し上げます。
まずは出走順を決める伊藤のオートクロス。外から見ていると、試走会の時ほどのキレはないなと思いましたが、それでも一発目から好タイムが出ていました。期待が高まった二発目、完璧に決めてくれました。本人なりには不満があるとは思いますが、まわりから期待され続けたあの環境の中、良く決め切ってくれたと思います。結果としてICVクラス4位となり、最終日午後の走行枠を獲得しました。
走行前日の夜。期待してはいたけど、そこまでとは聞いてないよ。そんな風に思いながらホテルで過ごしていました。まさか自分なんかが大阪大学と並走してしまうなんて。伊藤が二人いればな、なんて思ったりもしていました。そんな弱気なメンタルが良くなかったのでしょうか、初日から続いていた咳が止まらなくなりました。文字通りに止まらなくなり、何度もトイレに駆け込んで吐きかけていました。最後に時計を見た時は2:30でした。22:00頃には横になっていたので、4時間近く咳き込み続けていたわけですね。自分でもこれはもう無理なんじゃないか、と諦めかけた時、やっと咳が治まり寝ることができました。あのとき相部屋だった黒澤には大変迷惑をおかけしました。
当日朝、起床。天気予報を見て、嫌な予感はしていました。ただ、まあ大丈夫だろうと、楽観的な気持ちで会場に向かいました。当日の午前中はなるべく会話を避け、一人で心を静めつつ、エアロの最終点検をしていました。今年は擦っていないなだとか、リアウィング吹き飛ばないでくれよ、とか。そんなこんなで直前。もう走行中に雨が降るのはほぼ確実でした。それでもメンタル管理が上手くできていたのか、比較的落ち着いていたと思います。伊藤が一人目の走行となりましたが、見ていてとても気持ちの良い走りでした。早く乗せてくれよ、そう思いながら見守っていました。
そして問題なく10周を終え、ドライバ―チェンジが始まりました。ベルトを締め終わった時、雨が降り出しました。無線で雨を愚痴ったのを覚えています。そして1周目の3コーナー。速攻でスピン。周りから見ているメンバー、特に上級生とドライバー陣は、またかよ、と思ったでしょう。ただ、自分では状況を理解できていませんでした。ブレーキを踏んだ瞬間、車が吹き飛んでいきました。今までで初めて経験した感覚でした。思えば、自分で思っていたよりも路面が濡れ始めていたのでしょう。もっと慎重に入るべきでした。またやってしまったと、自分で自分が嫌になりました。しかし、地獄はそこからでした。その後の2周は慎重に走行しましたが、3周目あたりから異変を感じ始めました。これ、前が見えないな、と。さすがに雨量がおかしいのではないかと。見えないとは誇張でもなんでもなく、文字通り見えなくて、パイロン3個しか見えていない状況でした。そこからは記憶と感覚を頼りに走っていました。一応補足をしておくと、曇っていたわけではなく、ただバイザーに当たる雨量が多く前が見えなくなっていました。コース真ん中を走ると迷子になるので、常に片側のパイロンに寄せてガイドにしながら走りました。車は少しの入力で吹っ飛びそうになります。極限まで気を使いながら走りました。それでも奥の段差でスピンをしてしまいましたが、それどころではありませんでした。正直、赤旗出せよと思いながら、なんとか走っていました。走っていた、というより、転がしていた、という表現の方が正しいかもしれません。あまりの視界不良でポストすら見えず、もう棄権しようかな、と思ったそのとき。「チェッカー」という無線が聞こえました。あの時の横溝の声が、救世主でした。旗なんて見えていなかったので。半分感覚でドライバーチェンジエリアに入りました。コースウォークのありがたみを感じた瞬間でもありました。そしてメンバーから状況を聞かされ、タイヤ交換という形になりました。
仕切り直しとなった後半6周。相変わらずフラッグが見えるか怪しい程度の視界不良ではありましたが、レインタイヤを履いたことで車の挙動は良くなりました。レインタイヤでも速さの片鱗を感じ、天気をうらみました。なんで最後の走行がこんな天気なんだ、晴れならもっとやれたのに、など。そこからは終始後ろの大阪大学のペースを気にする展開でした。雨になった瞬間、抜かれるのは時間の問題だとわかっていました。ドライバ―のレベルが違うので。毎周、自身と大阪大学のタイムを確認していました。そうこうしているうちにあっという間に後半が終了し、また無線の助けもあり完走&帰還することができました。
走り終えた後。本当は帰ってこられて嬉しいはずでしたが、申し訳なさでいっぱいでした。1周目の余計なスピン。雨でのペースの無さ。やっぱり伊藤が二人いれば、もっと上位に行けたのにな、等々。昨年から、もっと言えば伊藤が入ってきたその日から、ずっと感じていたドライバ―のレベルの違いが浮き彫りになりました。よくやったよ、と言われても賞賛とは程遠い励ましの言葉にしか聞こえず、自分で自分が嫌になりました。その後は雷が鳴っていることもあり、足早に退散しました。ピットに戻ってからも、晴れだったら京都工芸繊維大学を喰えただとか、そういう話を聞くたびに落ち込んでいました。完走したはずなのに、去年と同じ申し訳なさを感じていました。それと同時に、もうこのマシンを運転する機会がないこと、もっと言えば整備する機会すらないこと。それを実感し、申し訳なさと混じり合って感情がぐちゃぐちゃになっていました。時間は飛びますが、写真撮影のために車両を並べていた時、一人でマシンの中にいた時はその感情がこみあげてきて泣きそうでした。
その後はあまり記憶がありません。ただ、ドライバースーツを脱ぎたくなかったことだけは覚えています。これを脱いでしまうと、ドライバーとしての最後の何かも失ってしまい、本当に全てが終わってしまう気がして。表彰式も、アクセラレーション日本記録の快挙を喜んで見守れるようなメンタルではなく、一人後ろで眺めていました。千葉大に帰っても、最後の解散のあいさつの前に、翌日以降の研修に備えるという理由で一人逃げるように帰ってしまいました。
今は、やっと少し時間をとることができ、気持ちを整理し始めることができています。今、この日記を書く時間も数時間にわたっています。
メンバーのみんなへ。こんな私を受け入れてくれて、本当にありがとうございました。歴代最高のマシンには全くふさわしくないドライバーでしたが、一人前のように扱ってくれて、とても楽しかったです。活動自体も、自分の全力をささげることができるとても楽しい活動でした。これで引退とは言え、まだ半年は大学にいるので、たまにお邪魔させてください。
最後に。最近、ガレージの空気が良くなく、チームが分散してしまうような雰囲気を感じることが多いです。ただ、千葉大の長所は人間だと思うので、マシンばかり見ずにそこにも気を配りつつ、これからも躍進を続けてくれればと思います。
以上。